卓話の世界

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卓話 2021年10月14日

美食地質学入門:フィリピン海プレートからの恩恵と試練

 ジオリブ研究所 理学博士 巽 好幸 様

 日本列島は、地球上の地震と火山の約 1 割が密集する世界一の「変動帯」です。このせいで、私たち日本人はこれまでもたびたび日本列島から「試練」を与えられてきました。しかしその一方で、変動帯ならではの「恩恵」にも浴してきました。「美食地質学」は、日本列島の恵みの一つである和食文化を通して、変動帯に暮らすことの意味を考えようとする取り組みです。今回は、明石の鯛を題材にして、南海トラフ地震や直下型地震のことを考えることにします。

 四方を海に囲まれた日本は、多様で佳味なる魚介類に恵まれています。その中でも明石の鯛は、トップブランドの 1 つでしょう。その美味さの秘密は、明石海峡を川のように流れる高速潮流のせいでマッチョな筋肉を纏い、そのために「旨味成分イノシン酸」が豊富であることです。もちろん、この旨味成分を最大限に引き出す活〆や神経〆、それに適度な熟成などの技も重要な要素です。

 瀬戸内海には、明石海峡の他にも潮の流れが速い「瀬戸」と、比較的海が穏やかに広がり穴子や鱧を育む「灘」が繰り返すように分布します。実はこの特有の地形は、今から300万年前に起きた大異変が原因で造られました。

 それまで北向きに沈み込んでいたフィリピン海プレートが、突然現在のように北西方向へと方向転換したのです。その結果、日本列島最大の断層帯「中央構造線」が動き出し、そのせいで断層の北側の地盤にシワが寄って、隆起域(瀬戸)と沈降域(灘)を持つ瀬戸内海が造られました。この地形のせいで、瀬戸がダムの役目をして高速潮流が発生し、旨い鯛が育つのです。しかし良いことばかりではありません。隆起域と沈降域の境界には必ず活断層が存在し、阪神淡路大震災や大阪府北部地震のような「直下型地震」を引き起こします。瀬戸内海は豊饒な海であるとともに、日本列島でも有数の活断層密集地帯でもあるのです。また、近畿地方にも甚大な被害を及ぼすことが予想される南海トラフ巨大地震も、フィリピン海プレートの沈み込みによって引き起こされます。

 私たち「変動帯の民」は、日本列島からの恩恵に感謝しつつ、試練とも対峙して行かねばなりません。特有の食文化を子々孫々に伝えてゆくためにも、試練に備える術を考えることが私たちの世代の役割ではないでしょうか?

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